大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和43年(う)2653号 判決 1969年5月07日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月および罰金三〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人三野研太郎、同佐藤英一のそれぞれ提出にかかる各控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用し、これに対し当裁判所は、事実の取調を行なつたうえ、次のとおり判断する

弁護人三野研太郎の控訴趣意一の(1)について。

一、所論は、原判決は、罪となるべき事実として、被告人は女給熊谷チカ、同飯野洋子、同高橋みき子をバー「ミカド」の家屋内に住込みで屋住させたうえ、売春をさせて収益をあげ、もつて自己の占有する場所に居住させて、これに売春をさせることを業としたものである旨を認定判示しているが、熊谷チカおよび飯野洋子の両名は、それぞれ他に住居を有していて、そこからバー「ミカド」に通勤するという形をとつており、同女らがバー「ミカド」に住込みで居住したことは一度もなく、高橋みき子だけは、バー「ミカド」に居住していたが、同女は東京方面から流れて来て、居住の場所がなかつたので、偶然そうなつたのであつて、被告人と同居していたわけでもなかつたのである。したがつて、管理売春にともなう人の自由を束縛するというような状況は一切なく、むしろ被告人は、売春防止法第一一条第二項にいう場所を提供することを業とした者というべきであるのに、なんらの証拠がないのにもかかわらず、「住込みで居住させ」と認定し、いわゆる管理売春の刑罰で処断した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるという旨の主張である。

そこで、所論にもとづき審按するに、売春防止法第一二条に違反する罪が成立するためには、犯人の占有し、もしくは管理する場所、または指定する場所に売春婦が居住して売春をすることにつき、犯人のこれに対する支配関係を必要とするものである(本件の破棄、差戻をした昭和四三年一一月二一日最高裁判所第一小法廷判決)ところ、本件記録上あらわれた証拠によつては、被告人が、自己の占有する原判示バー「ミカド」の家屋内に、原判示熊谷チカ、飯野洋子および高橋みき子の三名の売春婦を住込みで居住させ、不特定多数の遊客を相手方として売春をさせることにつき、同女らを拘束して売春に従事させるに足りる支配関係があつたものと認めることはできない。してみると、被告人の本件所為を売春防止法第一二条に問擬した原判決には、法令の解釈適用を誤つた結果、審理不尽の違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に関する論旨は理由あることに帰し、原判決は破棄を免れない。

二、ところで、検察官は、当審公判において、売春防止法第一二条違反の訴因、罰条を同法第一一条第二項違反の訴因、罰条に変更する旨を請求し、弁護人も、これに異議はない旨を述べたので、当裁判所は、右訴因、罰条の変更を許可する旨の決定をした。そして、当裁判所は、被告人に対し右変更された訴因と同旨の次の三に記載する事実を認定するのが相当であると認める。

よつて、弁護人三野研太郎のその余の控訴趣意および弁護人佐藤英一の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条、第三七九条により原判決を破棄し、同第四〇〇条但書に従い本被告事件について、さらに判決をする。

三、「罪となるべき事実」

被告人は、静岡県熱海市渚町二、〇一七番地でバー「ミカド」を経営していたものであるが、(1)、女給熊谷チカを昭和四一年四月四日ころから同四二年二月五日ころまでの間、(2)、女給はるみこと飯野洋子を昭和四一年四月四日ころから同年一一月一〇日ころまでの間、(3)、女給房子こと高橋みき子を昭和四一年四月一〇日ころから同四二年二月五日ころまでの間、それぞれ不特定多数の遊客を相手方として売春をするに際し、その情を知りながら、右売春婦三名からその対償を折半して取得し、右バー「ミカド」の部屋を使用させ、もつてこれに売春を行う場所を提供することを業としたものである。

「証拠の標目」<省略>

「法令の適用」

被告人の所為は、売春防止法第一一条第二項、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するので、所定刑期および金額の範囲内において、被告人を懲役八月および罰金三〇万円に処し、主文第三項の換刑処分につき刑法第一八条を適用して、主文のとおり判決する。(飯田一郎 吉川由己夫 小川泉)

弁護人三野研太郎の控訴趣意

一、原判決は次のとおり重大なる事実誤認があり、これに基づき法令適用の誤りがある。

(1) 原判決は罪となるべき事実として、被告人が女給熊谷チカ・同飯野洋子・同高橋みき子をバー「ミカド」の家屋内に住込みで居住させた上、売春させて収益をあげ、もつて自己の占有する場所に居住させてこれに売春させることを業としたものである旨判示する。

併しながら、これ判示中「バー「ミカド」の家屋内に住み込みで居住させたうえ」とある部分は、全たく原判決の証拠にもとずかない独断である。

原審の証拠によれば熊谷チカの住居は熱海市熱海(咲田町)二三七番地ユニオンビル五〇七号である(記録十五丁)。

そして同人の供述によつても「私は昨年四月はじめ頃から今夜(二月五日)まで、通いで渚町の「ミカド」で客をとつて働いていました」(記録十五丁)とある。

而して飯野洋子の住居は神奈川県足柄下郡湯河原町宮の下六七の二である(記録五六丁)。同女も同所からバー「ミカド」に夜七時半頃に出勤するという形をとつている(記録二六九丁)。

従つてこの両名がバー「ミカド」に住込みで居住したことは一度もない。

たしかに高橋みき子については、同女がバー「ミカド」に居住していたが、同女は東京方面から流れて来て居住の場所がなかつたので、偶然そうなつたのであるが、被告人と同居しているわけでもなく、ましてや部屋代を支払うわけでもない。そして募集の形態からいうと「女給募集、通・住・可」である(記録二七三丁)ことから見て、住込みで居住することが条件になつていない。むしろ被告人をはじめ皆ながバー「ミカド」に午後七時半頃出勤してくるのであるから、本態的には通勤が予定されていたのである。

従つて管理売春に伴う自由を束縛するような状況は一切なかつたのである。それを原審が安易に住込みで居住させと認定するのは、被告人を売春防止法の罰でも一番重刑である同法第一二条のいわゆる管理売春で処罰せんためである。

そして法律上少なくとも居住というためには、一時的に仕事のために出勤するというのでは足りない。何らかの形でそこで生活がなされなければならない。

管理売春のいう「居住」も又これを意味する。何故ならその典型的な形態を考えると通常女子を前借金で縛り、自己と居住を共にし、売春料をとりあげて前借金其の他日用品・衣料品等の費用と相殺して、女子を搾取するという形をとる。ところが本件の場合、熊谷及び飯野両名は共にいわゆるやくざで前科者の妻であり(記録二二丁)、街娼として働くよりは少し手間賃を出しても被告人の店で働く方がよいと考えた上、本件がなされたのである。

従つて本件の営業方法とか収益の分配などについては搾取するどころか、女子の方から条件は他の者と同じにやつてほしいと切り出される始末である。

被告人の説明によると「実際問題としてチカちやんなどは、今まで糸川あたりの店で働いて来ておりますから、今まで店をやつた経験のない私などより詳しく知つておりまして、店のやり方は教えられる面が多い状態でした」(記録二七二丁)という状況である。

従つてこれらの事実からすると、むしろ被告人は売春防止法第一一条第二項の売春を行なう場所を提供することを業とした者である。それを殊更に何等の証拠もないのに「住込みで居住させ」と認定して一段と重罪であるいわゆる管理売春の刑罰をもつてのぞむのは事実を誤認し明らがに判決に影響があると考えざるを得ない。

(2) 原判決は金一五、六〇〇円を被告人が犯行により得たものであり被告人以外の者には属しないとして没収しているがこれは誤まりである。

たしかに原審裁判官の「するとこの金は被告人のものかね」という間に対し、被告人は「はい」と答えている(記録一二丁)。

併しながら、被告人の供述及び押収されたメモによると、ふさ四二〇〇円、チカ三六〇〇円とあり、少なくともこの金額の部分は被告人のものではない。むしろ当日の収益である金一五、六〇〇円は全て右両名のものであつて、被告人はこれを管理しているにすぎない。何故なら被告人及び熊谷等の供述によると、これらの全ては毎晩メモによつて被告人と女達との間で配分されるのである、従つて配分されてからこそ金一五、六〇〇円の半額は被告人の金となるが、それ以前はむしろ女達の金を被告人が管理しているにすぎない。従つてかゝる金員を全額被告人の所持金として没収するのは事実を誤認し、そのために法令の適用を誤つたものである。

原判決の主文ならびに理由

主文

被告人を懲役壱年および罰金参拾万円に処する。

被告人が罰金を完納することができないときは、金千円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある現金壱万五千六百円(昭和四二年押第二九号の一および二)を没収する。

理由

一、罪となるべき事実

被告人は、静岡県熱海市渚町二〇一七番地においてバー「ミカド」を経営していたものであるが、

(一) 女給熊谷チカ(当二九歳)を昭和四一年四月四日頃から昭和四二年二月五日まで、

(二) 同はるみこと飯野洋子(当二九歳)を昭和四一年四月四日頃から同年一一月一〇日頃まで、

(三) 同房子こと高橋みき子(当三四歳)を昭和四一年四月一〇日頃から昭和四二年二月五日まで、

それぞれバー「ミカド」家屋内に住込みで居住させたうえ、同期間、同所において不特定多数の遊客を相手方として売春をさせて収益をあげ、もつて人を自己の占有する場所に居住させてこれに売春をさせることを業としたものである。

二、証拠の標目<省略>

三、法律の適用

法律によれば、被告人の判示所為は売春防止法一二条に該当するので、所定の刑期および金額範囲内において被告人を懲役一年および罰金三〇万円に処し、刑法一八条一、四項により被告人が罰金を完納することができないときは、金千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、押収してある現金一万五千六百円(昭和四二年押第二九号の一および二)は、被告人が判示犯行により得た物であつて、被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項三号、二項本文によりこれを没収することにする。

よつて主文のとおり判決する。

(昭和四二年四月六日 静岡地方裁判所沼津支部)

差戻前の控訴審判決の主文ならびに理由

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人佐野英一、同三野研太郎提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

弁護人三野研太郎の所諭は、先ず、原判決には事実の誤認並びにこれに基づく法令適用の誤りがある、すなわち、(一)原判決は罪となるべき事実として、被告人は女給熊谷チカ、同飯野洋子、同高橋みき子をバー「ミカド」の家屋内に住込みで居住させたうえ、売春をさせて収益をあげ、もつて自己の占有する場所に居住させて、これに売春させることを業としたものである旨判示しているが、熊谷チカおよび飯野洋子の両名がバー「ミカド」に住込みで居住していた事実は全然なく、同女らはそれぞれ他に住居を有して、バー「ミカド」に通勤していたものであり、高橋みき子のみは同所に居住していたが、これとても同女が東京方面から流れて来て居住の場所がなかつたために偶々そうなつたに過ぎないのであつて、同所に住込みで居住することは何ら勤務の条件になつていなかつたものである。本件において、管理売春とみるべきような自由を束縛する状況は一切なく、通勤をたてまえとしていたのであるから、被告人はむしろ売春を行なう場所を提供することを業とした者というべきであるのに、原判決が殊更に何らの証拠もなく「住込みで居住させ」と認定して管理売春の刑罰をもつてのぞんだのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認を犯したものというべきである。(二)また、原判決は金一万五千六百円を、被告人が本件犯行によつて得たものであり被告人以外の者に属しないとして没収しているが、検挙当日の収益である右金員は、被告人と女達との間で分配されるまではむしろ全て女給達のものであつて、被告人は単にこれを管理しているにすぎないというべきであるのに、原判決が右金員を全額被告人の所持金として没収したのは、事実を誤認し、そのために法令の適用を誤つたものであるというのである。

よつて、原審の記録に基づいて按ずるに、原判決が被告人は女給熊谷チカらをバー「ミカド」の家屋内に「住込みで居住させたうえ」と認定判示していることは所論のとおりであり、また、右熊谷チカおよび飯野洋子の両名がバー「ミカド」に常時住み込んでいた事実は認められず、右熊谷は熱海市熱海ユニオンビル内に、飯野は湯河原町にそれぞれ住居を有して、同所よりバー「ミカド」に通勤していたものであることも、所論のとおり証拠上明らかなところである。それ故一見原判決は熊谷チカ及び飯野洋子の両人もミカドに住み込んでいた事実を認定したもののようであるが、原判決に挙げている各証拠と適用法令及び前記認定事実の判文とを対照して吟味すると、原判決がミカドに住み込んでいたと認定したのは高橋みき子一人であつて、熊谷と飯野については単に同家に居住していた事実即ち売春防止法第十二条に規定する居住という概念に該当する生活をしていた事実を認定したものであつて、原判決がたまたま右三名の居住事実を一括して認定し判示しようとしたため原判決判文のように表現したものと解せられる。何となれば、原判決に挙げている関係証拠によれば、熊谷、飯野の両人が前記のように熱海市熱海ユニオンビル内に、飯野は湯河原町宮の下にそれぞれ住居を有し、両人とも毎日同所からミカドに通勤していたものであり、他に住居がなくミカド内に常時住み込んでいたのは高橋一人のみであつたことが明白な事実であつて、この事実を否定するに足りる資料は記録上全然存在しないのであるから、原審が犯罪事実認定の証拠として右各関係証拠を判決に挙示しながら、殊更その証拠の内容を無視し、証拠に基づかない架空の事実を認定するということは、通常あり得べからざることであるからである。原判決としては熊谷、飯野の両人についても各別にその居住状況を具体的に正確に判示すべきであつたものを、住込みの高橋と共に右両人をも一括して判示しようとしたため、「それぞれ」という三名に共通するように解釈され得る文言を使用した結果、恰かも三名がいずれもミカド内に住み込み居住していた事実を認定したかのような表現となり、事実誤認の疑を生ずるに至つたものであつて原判決の真意は、高橋がミカドに住み込んでいた者、熊谷、飯野の両人は同所に売春防止法第十二条所定の居住をしていた者と認定し、その事実に対しいずれも同法条を適用したものというべく、それ故原判決の用語、判文自体は不正確で妥当を欠く憾みはあるが、事実誤認をあえてしたものではないと解するのが相当である。

そして右法案に規定する「居住させ」とは民法所定の住所とする趣旨とは異なり、必ずしも婦女をしてその場所を生活の本拠として常時起居する場所とさせるという場合に限らず、婦女が常時売春営業のため使用する場所とさせる場合を包含するものと解すべきであるが、原判決挙示の証拠によれば、被告人はミカドの店舗を賃借し、同所を自己および女給らの売春の営業場所とし、女給熊谷および飯野をして毎日夕刻それぞれの住居より右ミカドに通わせ、午後七時半ころから翌日午前一時ないし二時ころまで右店舗に待機させ、夜食代を与え、遊客の求めにより売春料をとつて同家の階上の部屋で右女給らに売春させていたものであり、若し熊谷、飯野らがミカドに通うことを休む場合には、必ずその旨を被告人に連絡することにさせていた事実が明らかであるから、被告人は右熊谷、飯野の両人をして売春のために自己の占有管理するミカド内に居住させていたものと認むべきである。

また、右法案にいう「居住させ」とは、必ずしもその場所を占有、管理等をする者が一方的に婦女に強制して居住させる場合のみならず、婦女が希望し、両者の契約により婦女が住込等をして居住する場合も包含することは疑ないところであるから、本件高橋みき子が、たとえ所論のような事情からミカドに住み込んでいたものであつても、これまた被告人が同女を同所に居住させて売春をさせたことに該当することは明白である。

従つて、原判決には所論居住の点につき事実誤認、法令適用の誤り等の違法は全く存在しないから、この点の論旨は理由がない。

その余の理由は省略する。

(昭和四二年七月二五日 東京高等裁判所第四刑事部)

上告審の主文ならびに理由

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人三野研太郎の上告趣意のうち判例違反をいう点は、引用の判例が事案を異にし本件に適切でないから、上告適法の理由とならず、その余は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

職権をもつて調査するに、売春防止法一二条は、売春婦を犯人の占有管理する場所に居住させて売春をさせることを業とした者に対する処罰規定であつて、同条の罪が成立するためには、犯人の占有管理する場所に売春婦が居住して売春をすることにつき、犯人のこれに対する支配関係を必要とするものであることはいうまでもない。しかるに、原判決は被告人の占有管理する判示店舗に売春婦が居住、売春している事実を認定し右法条の罪の成立を肯定しているが、原判決の認定した事実関係のもとでは、いまだ売春婦を拘束して売春に従事させるに足りる支配関係があつたものと認めることはできない。すなわち、原判示事実のみをもつてしては、同法条の構成要件を充足するものとはいえないのであつて、被告人の本件所為につき売春防止法一二条を適用処断した第一審判決を是認した原判決には、法令の解釈適用を誤つた結果審理不尽の違法があるものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よつて、刑訴法四一一条一号、四一二条本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(昭和四三年一一月二一日 最高裁判所第一小法廷)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例